緒形拳さん(1937~2008)は、戦後の日本を代表する名優でした。1958(昭和33)年に当時、勇名を馳せていた劇団「新国劇」に入団します。まさに大劇場系大衆演劇の雄でした。そこで頭角を現してきた時、1965(昭和40)年に第3回NHK大河ドラマ「太閤記」の主役豊臣秀吉役に抜擢されます。まさにテレビが一般家庭に本格的に普及してきた時期です。それが大劇場系商業演劇の衰退をもたらす大きな要因となる訳ですから、皮肉なものです。
私が初めて観た大河ドラマとして印象に残っているのが、この「太閤記」でした。小学1年生の時です。とにかくチャンバラが大好きで、よく祖父に木を切り出して作ってもらったり、祭に行けば露天商で刀を買ったりしていました。「チャンバラ」という言葉が、新国劇に由来することを知るのはずっと後のことでした。いずれにしても小学1年生にして「緒形拳」という俳優の名前が頭に染みこんでいたのです。
そして世はまさに高度経済成長の時代、この前年の10月には東京オリンピックが開催され、4月には東海道新幹線が開業を始めました。「太閤記」のオープニングがが、疾走する新たな高速「新幹線」で始まるのは、有名な話です。ただ、実は、高度経済成長には二つのヤマがあって、「太閤記」が放映された頃は、谷間の「不況」の時期だったことはあまり知られていません。
今回は、さわりの部分だけですが、これだけでも「緒形拳」を通して、戦後の芸能史、大衆文化史が見えてくること、そしてそのバックボーンとしての日本社会の歩みが見えてくることはおわかりいただけるかと思います。
私どもがなぜ「緒形拳」にこだわるのか、展覧会で何を表現しようとしているのかについては、今後、ここで少しずつお話ししていきたいと思います。どうぞご期待ください。
馬場弘臣